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撮影:2013-01-16

「補陀洛(ふだらく)や岸打つ波は三熊野(みくまの)の那智のお山にひびく滝つ
瀬」と御詠歌で親しまれている西国第一番の札所であります。
当山の縁起に開基は仁徳帝の頃(4世紀)。
印度天竺の僧、裸形(らぎょう)上人が那智大滝において修行を積みその暁に
滝壷で24cmの観音菩薩を感得し、ここに草庵を営んで安置したのが最初です。
その後、200年推古天皇の頃、大和の生佛上人が来山し、前述の話を聞き一丈(3m)
の如意輪観世音を彫み、裸形上人が感得した24cmの観音菩薩を胸佛に納め勅願所と
して正式に本堂が建立されたのです。
平安朝中期から鎌倉時代には、「蟻の熊野詣」といわれ、熊野三山の信仰が
さかんになり、この時、65代花山法皇が三年間山中に参籠され那智山を一番
にして近畿各地の三十三観音様を巡拝されましたので、西国第一番札所となり
ました。
第一番札所  那智山 青岸渡寺
宗派 天台宗

 

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御影
御詠歌
御本尊 如意輪観音菩薩

御宝印

開基 裸形上人
御真言  おん ばらだ はん どめい うん
創建 仁徳天皇御代(313〜399)
散 華 

 

 

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