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撮影:2013-03-18

第三番 札所   風猛山 粉河寺
宗派 粉河観音宗(総本山)
奈良時代末、宝亀元年(770)、大伴孔子古が現在の本堂の場所に草庵を結び、
千手観世音菩薩を本尊として粉河寺は創建された。
鎌倉時代には七堂伽藍が整い隆盛をきわめたが、天正13年(1585)、開創以来
もっとも受難の年を迎えた。
即ち豊臣秀吉は、天下統一の望みを達成するため、紀州攻めを敢行し、当寺より約10粁西
にある新義真言宗の総本山根来寺を中心に一帯は火の海と化し、粉河寺も全山焼失した。
従って、現在の諸堂は大小20有余数えられるが、何れも江戸時代の再建である。
就中江戸中期の代表的な寺院建築物であり、西国に三十三所の中では最も大きい本堂を
初め、千手堂・大門・中門の4棟は重要文化財に指定されている。
又、本堂前の左右に築造された粉河寺庭園は、桃山時代の枯山水の庭園で上田宗箇の
作庭と云われ、名勝に指定されている。
草創のゆかりとなっている粉河寺縁起絵巻(国宝)を有する粉河寺は、壮大な寺観がもたら
す歴史の重味と共に、観音信仰の寺として、いつまでも参詣の人々に安らぎを与え続ける
ことであろう。
御影
御詠歌
散 華
御本尊 千手千眼観世音菩薩
開創 大伴孔子古

御宝印

御真言  おん ばざら だるま きりく

 

創建 宝亀元(770)年

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