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撮影:2013-02-18

第五番札所   紫雲山 葛井寺
宗派 真言宗御室派
御影
御詠歌

御宝印

御本尊 十一面千手千眼観世音菩薩
開基 行基

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創建 神亀2(725)年
御真言  おん ばざら たらま きりく

 

散 華
河内の文化は、飛鳥時代より奈良時代にかけて発展し、当寺葛井寺も百済(くだら)
王族「辰孫王」の子孫王氏一族の『葛井給子』が当時の天皇の仏教興降政策に協力し、
国家のためと称して創建された。 
 永正七年(一五一〇)の勧進帳によると、『聖武天皇』の勅願による二Km四方の
七堂伽藍の建立で(当寺所蔵の伽藍絵図によると、金堂・講堂・東西両塔をそなえた
薬師寺式の伽藍配置を整えていたと考えられる。)古子山葛井寺(紫雲山金剛琳寺
ともいう)の勅号をいただき、その落慶法要には、天皇自ら行幸されたという。 
 その聖武天皇が春日仏師(稽文会(けいもんえ)・稽首勲(けいしゅくん)親子)に命じて
十一面千手千眼観世音菩薩を成させ、神亀二年(七二五)、三月十八日入仏開眼供養の
ため藤原朝臣房前卿を勅使に、行基菩薩を御導師として勤められた。

 

 

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